郡宏
「生物リズムを巡る実験と理論の協働」
第41回日本分子生物学会,2018年11月29日 パシフィコ横浜(招待講演,invited talk)

生命システムには様々な振動現象があり,それらは種々の生命機能の発現に不可欠な役割を果たしている.例えば我々は約24時間の体内時計,いわゆる概日時計を持つ.哺乳類においては,脳内にある視交叉上核という組織における遺伝子制御ネットワークが作り出す遺伝子発現リズムが体内時計の中枢である.これが全身の概日リズムを統率しており,睡眠覚醒,行動,代謝,ホルモン分泌などの生命活動に一日のリズムが生まれる.また,脊椎動物には背骨や肋骨などに周期的な節構造,いわゆる体節が存在する.体節は発生過程に構築されるが,このとき,体節となる細胞では数時間周期の遺伝子発現リズムが現れ,このリズムが体節形成に不可欠であることが知られている.他にも,心拍,腸の蠕動運動,呼吸,月経など,生命にとって不可欠なリズムが多数ある.

これまで,分子生物学的研究によって,単一ユニット,つまり各細胞における遺伝子発現の振動機構はかなり詳しくわかってきている.一方,生物リズムは,そのようなユニットの多数の集合体が作り出しており,ユニット間の相互作用や外的要因の入力によって,集合体では複雑なダイナミクスが繰り広げられている.たとえユニットの数が2つでも,そのダイナミクスの理解と予測は容易ではない.

この発表では,複数のリズム・ユニットが本質的に関わる生命現象に関する,実験と理論の協働的研究の試みとその成果について紹介したい.具体的には,体内時計の記述と時差ボケの回避方法の予測と実験検証,および,体節形成に関わる遺伝子発現リズムの細胞間相互作用による消失現象を扱う.